当事者の本音

400件を超える調停担当事件の内、とりわけ記憶に残っている事件がある。

トミさん(仮名)の事件だ。トミさんは70代後半、腰が曲がり、可愛いおばあちゃんだった。

「夫の土地の名義、私の相続分の土地を分けてください」
書記官がトミさんから聞き取り、作成された申立書を見ると、被相続人の家族はトミさんと養子になった弟だけ、法定相続人は実弟とトミさンになる。
トミさんには、2分の1の法定相続分があるから遺産の大部分を占める土地の半分はトミさんに権利がある。

不動産は、宅地300坪と農地5反ほど。調整区域だから価値自体は大きくない。

養子でもある弟に聞くと、「トミさんの好きにしてもらいたいが、ただ宅地は先祖伝来の土地、トミさんの単独所有にしたときに、将来売られてしまうのは困る。トミさんには子供がいないので---」

トミさんにどうしたいのか聞いてみた。
「宅地を半分にしてください」
(どういう風に切りたいのですか、縦に半分ですか、それとも奥と手前にしますか?)
「半分にしてください」
弟は、「実家の土地は二つに切りたくない」と言う

どうも、調停に出せばお上が「エイや!」と切ってくれると思っているらしい。
(トミさんがどうしたいのか、今後のことも考えてくれている妹さんと一緒に来てくれませんか)

何回か、妹さんを交えて話を聞いてみた。
そこで分かったのは、
トミさんは、
老後を妹さんと一緒の家で住みたい。しかし今の家は古いから一緒に住むことはできない。
建て替えたいと思ったが、相続が終わっていないから建て替えはできない。
建て替えをしたいのに、弟と話が進まないから裁判所に来た、ということらしい。

トミさんの本音は、宅地を欲しいのではなく、建て替えができればよい、ということだった。
弟さんに確認してみると、「実家の宅地部分さえ残るのなら、農地はトミさんの好きにしてよい」ということだった。

そこで、私は、
(トミさんは相続人、分家住宅として現在農地である土地に建て替えすることも可能です。
役場に行って、農業委員会で農地転用が可能か聞いてください。その上で建築が可能かについて都市計画課、建築指導課にあたってください。トミさんだけでは大変でしょうから妹さん、手伝ってやってください)と勧めた。

遺産を希望する人の思いはなんなのか、本音はどこにあるのか、が分からなければ、この事件は宅地を二つに切ることを選択肢として進んでしまったろう。

そうしたことで審判になった場合には、トミさんも弟さんもいずれも不満な結論になる。

本来、妹さんは当事者でないから家事調停の場には参加できない。
でも、トミさんの本音を聞くためには高齢のトミさんにいくら尋ねてもなかなか難しかった。

妹さんを代理人として認めてくれた裁判官にも感謝したい。

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