多数当事者の遺産分割

叔父さんの相続には二十人以上の相続人がいました。

杉並の土地建物を遺産とする調停が申請されました。
なぜか、名古屋の方が申立人、相手方の一人が所沢に住んでいます。相手方の数を見ると、26人。
担当書記官が身分関係図を作ってくれており、それを見ると、被相続人には子どもがいない。兄弟もすでに全員が亡くなっている。申立人は、杉並の建物に学生時代下宿をしていたらしい。
まずは、調停期日に全員来てくれるだろうか。

不安もあったが、当日には、8割近くの人が集まってくれた。大会議室に全員は行ってもらった。
被相続人の兄弟毎にグループとしてほぼ同一意見、グループ毎にお話を聞くスタイルでよいかどうか、訊いてみた。訊いてみると、杉並の不動産を欲しいという人はいなかった。空き家になっているらしい。6人の兄弟のため、5グループ、つまり名古屋グループ、都内の第一グループ、所沢と都下のグループ(以下は所沢グループとします)、都内の第二グループ、神奈川グループに大別できた。
個別に訊いてみると、杉並の土地を知っているのは、名古屋グループと都内の第一グループだけ。他の人はどんな土地か見たこともないといっている。
「なぜ、話し合いが出来なかったのですか?」
「誰もその土地を欲しい、とは言わないのだけれどもお金は欲しい。その金額もはっきりしなかった。そのため誰も代償金を支払うとは言えなかった。」
申立人は、「叔父さんには世話になった。死んでしまった叔父さんの土地を売っぱらってお金に換えて分けるのはどうしても忍びない。自分が世話をしようと思って一人20万円ずつ渡そうと思った.何人かに話してみたが、「杉並の土地は50坪、坪150万円とすると7500万円。26人で単純に割っても約300万円になる。たった20万円とは---」と話にならなかった。

「そんなに良い場所なんですか?」
私が訊くと
申立人は、
「たしかに6mの行動に面するような土地は百万ぐらいはするらしいんです。しかし、叔父さんの土地は幅員2mの市道のドン詰まり、それも間口が2mないんです。区役所に行って訊いたら、建て替えはむずかしい、と言われたんです。」

グループの代表の方に言いました。
「これからの進め方は、それぞれ代表の方に来ていただくことでどうでしょうか。それと、対象になる遺産はわずかな預金の外には杉並の不動産があるだけです。価値について意見があると思いますが、まずは杉並の土地を見てきていただけませんか。そのうえで売れると思う金額がどの程度になるか調べてきてください。」

2回目になると名古屋グループは、申立人に任せることとし、具体的には申立人に相続分譲渡、脱退届を出してきました。申立人は5分の一の相続分を持つことになりました。都内の第一、第二グループ、神奈川グループは、「金額については任せたい、ともかく法定相続分に相当する金額がいただければ何も言わない」としてきました。

残るは所沢のグループだけです。
「固定資産税評価額でも3,650万円、建物を含めると3,950万円になる。
申立人が代償金を支払うとなると、790万円×4グループ=3160万円が必要になります。

所沢グループに「どのくらいで売れそうな不動産なのですか?」と訊きました。

「建て替えが出来ない土地、と言うと、どこの不動産業に訊いても固定資産税評価額でも買い取りは無理、と言うんです。東京の杉並でも坪70万円もしない土地があるんですね。」
「固定資産税評価額でも売れない土地となると、どう評価したら良いんでしょうか?」

申立人に対し
「代償金はやはり払わなければならないんですよ。そこであなたは幾らご用意できますか?」投げかけてみました。

「叔父さんの土地を売ってしまうと思い出が無くなってしまう。何とか売っぱらうのだけは避けたい。けれども私が用意できそうなのは、1,000万円、後は銀行にでも頼まないと」

3回目はあまり進展が無く、4回目,申立人が
「銀行は、建て替えが出来ない土地が担保では少額といえどもむずかしい、と言って全くダメだったんです。でも姉が考えてくれました。姉が500万円を用意して合計1500万円、4つの家に375万円ずつ支払うことで進めたいのですが。」

最初は20万円ずつと言っていた代償金。4グループで400万円にしかならない金額でした。それが1500万円だから、4倍近く。
「この調停がまとまらないときには、審判ということになります。審判は裁判官が判断するのです。
売れる金額(不動産の価値)は不動産鑑定で決定します。そのときにたとえば3千万円と出たとしましょう。「3千万円の5分の4は代償金として支払え」と裁判官は決定書を書こうとはしますが、申立人が支払えない、となると、売って分けることになります。売る方法は裁判所では競売です。多分通常にうるよりも安くなるでしょう。1800万とか2千万円になるのかも知れません。しかもその金額を手に入れるための費用、まずは審判での鑑定費用、競売をするための費用などは前払いです。皆さんが分担しなければなりません。しかも審判で約1年、競売にも約1年半かかります。2,3年先に手に入りそうな金額を計算すると、今回の1500万円とあまり変わらないのかな、とも思います。どうでしょうか」

もともと、土地には愛着が無く自分たちの権利(相続分)に見合った金額を手に入れられれば文句の無かった相続人達。
裁判所の調停という場で自分たちの権利が認められたことを感じたのであろう。申立人の案を受け入れ、調停が成立した。

申立人は、
「区役所にもう一度行ってきました。建て替えは出来ないのだけれど、修繕をして使っていくことは問題がない、と言われました。補強工事と模様替えをして、東京で働く息子の住まいにしようと思います。今日、こうなったので、次の日曜日に叔父さんのお墓に報告に行こうと思います。」

ホッとして歩き方にも軽やかに見えた申立人でした。

鑑定評価は、埼玉不動産鑑定所へ