評価はいつするのか?
東京家裁の裁判官とお話しすることがあった。
「東京では、遺産である不動産の評価について争いがあると分かれば、すぐに鑑定評価に入り、遺産総額をほぼ確定することにしています。」
私は
「遺産である不動産の分け方、それぞれの取得の仕方に相続人間で争いがなければ良いのですが、後日、売却、あるいは分割してそれぞれが取得するなど、評価の条件が変われば評価も変わります。また、評価された金額によって、新たな紛争の種が広がらないとも限りません。たしかに金額によっては代償金が支払えないからと、主張を取り下げることもあるでしょう。しかし、ほとんどの場合には相続税評価額を大きく上回る金額はありません。むしろ相続税評価額では売れない例も最近では多いのです。不動産の画地条件が変わらない(評価の条件が変わらない)最後の段階になってから評価する方が混乱しないと思います。」
鑑定士が不動産の価格についての意見を少し言うだけでも、
その額が当事者(相続人)の頭に入り、最期までその額にこだわってしまって混乱が続くことがある。
紛争解決の方法として、
香川高松の丸亀商店街の再開発計画がある。
長期間にわたる調整、工事によって行われる再開発計画は、権利者の信頼関係もさることながら、価格に関する不公平感が合意を拒んでいることが多い。
標準の価格を示すことが当事者の生活設計を左右し、色々な利害を生む。
評価といっても誰も不動産を売るわけではない。そこで必要なのは、形式的な交換価値としての評価よりも、利用価値としていくら地代を設定するか、そしてそれを利用する店舗はいくらの賃料を払うのか、地権者とすれば、地代はいくら受け取れるのか、自分の店舗として賃料をいくら支払わなければならないのか、その結果いくらが自分の手取りとして残るのかだろう。
丸亀商店街では、土地の価格を明示せず、地代と店舗の家賃を示し、それぞれの地権者の将来計画を立てさせた。現実的ではない土地の売値は出さなかったのだ。
遺産分割の評価に於いても、当事者が納得すれば固定資産税評価でも、相続税の申告書の評価でも良い。
また、それぞれの評価とは違う相続人それぞれの思いがこもった評価もある。
他の人には価値のない土地も、生活の場として売られたくない、自分のルーツとして残しておきたい思いでの土地はかけがえのないものとして「欲しい」のだろう。
東京家裁の まず先に評価をする方式は、取得の仕方についての当事者の考え方が当初から変わらない、評価が出ても分割方法が変わらない、時には問題はあまりない。
しかし、出てきた評価額によって当事者の考え方も変わることが多くある。また、調停が長引くことになれば不動産の価値も変わってしまう。長くかかると畑の周辺が開発されて畑ではなく路線商業地に利用方法も変わることがある。本来、遺産分割はなくなった日の評価であるのだが、価値の高まったことは当事者の意識も変えてしまう。最初にとった評価は全く役に立たない。
私は、「分け方はおよそ決まりました。この分け方では不公平だ、ということでしたら評価をして差額を計算しなければなりません。その評価は最終的には鑑定評価をするしかありません。費用もかかりますが、どうしましょうか?」と言います。
結果として遠回りをしない方法になるのです。これまで18年間調停に携わってきた私の感想です。